【ノベル】 死と生と鈴の音と セッション4(著:鮎偽 むくち)

おはようございます鮎偽です。

前回、ミチの危険な状況に居合わせたのは父親でした。あのあとミチはどうなったのか?

そして新たな登場人物が出てきましたね。

しかしヨウには何も伝わっていない様子でした。

その後ヨウはどうなったんでしょうか?

硬い挨拶はここまで。セッション4をお楽しみください。

そこには誰もいなかった。

それはそうだ。もうこんな時間だ。

ヨウは時計を見ると19時を過ぎていた。

さて帰ろうか。

私は身支度を済ませて帰路へ着いた。

研究室を出るとひどい熱気だった。

(これは熱帯夜だな)

「あー、やっぱり飲み会参加すればよかったかな」

一人だというのに口から言葉が出てきてしまった。

中学、高校と続けていたテニスは、大学でももちろん続けていた。ただ、どちらかというと勉強中心なので遊び半分、本気半分くらいのサークルに所属したというくらいだったが。

今日はそのサークルで夏の恒例でビアガーデンでの飲み会があったのだ。自分も行きたかったが、今日は研究室のミーティングもあり、さすがに厳しいだろうと辞退した。

中学時代に好きになった子が行方不明になってから、ずっとテニスを続けていた。ただ、高校時代で一区切りをつけた。

今日は出番のなかったテニスラケットを持ちながらキャンパスを出る。

このあたりは東京でも有名な高級住宅地だ。大きな家がよく目につく。それぞれの家の周りには監視カメラが付いている。

あの時、自分の中学校でもこういったカメラが付いていればよかったのかもしれない。行方不明になったミチは家族共々いなくなったらしい。夜逃げのように語られているが、その真相はわからない。

ただ、あの時のミチはそんな感じ微塵もなかった。また明日会えると思っていた。

あの日の夜に学校から争うような物音を聞いたという情報も入ったが、結局そのことを証明できるものはなく、そもそも学校は施錠がしっかりしてあり、窓も壊れたところなどはなかったというのが学校側の発表だった。

あの頃もこんな風に暑い夏だったようなきがする。

(だからか、変によく思い出すな)

キャンパス最寄りの駅に付いた。ここから自宅までは電車を2回乗り換えて帰ることになる。

『次は自由が丘、自由が丘です』

乗り換えのためにこの駅で降りる。飲み会は確か、自由が丘の居酒屋「ツバメのお宿」だったはずだ。

(多少お酒でも飲みたいな。顔でも出してくるか?)

そう思ったが、一度顔を出したら多少で済むわけもなく、オールコースにひきづられそうだ。

そういって改札前で逡巡していたヨウの視界に信じられないものが見えた。金髪でソバージュがかかった髪、ちょっと古臭いセーラー服。

「ミチ!」

つい言葉出てしまう。心の中でつぶやくような余裕がなかった。ミチのように見えた後ろ姿は、改札を抜けて人混みの中へ進んでいく。

(嘘だろ!?まさかこんな日に?)

急いで改札を出て追いかける。

自由が丘はおしゃれなイメージが強いが、意外にも居酒屋が多かったりする。また道は入り組んでいるところが多く、歩いて散策すると楽しい街だ。

自分も何度か散策したことがあるが、今はどこに向かっているのかよくわからない。ミチのように思えた人物は、どんどん迷いなく進んでいる。よくみるとセーラー服に見えたのは白のワイシャツとコンのスカートだった。ただ、あの髪型は間違いなくミチの髪型だ。あの髪型は最近見かけたことがない。

と、その人物が目指していた場所がわかった。

神社だった。

夏祭りがあるのだろうか?神社は多くの色とりどりの提灯に照らされて、昼間と違った顔を見せている。その中で屋台が10件前後だろうか、多くの人で賑わっているようだ。

神社の中心部に進んでいく人物、一人できているのだろうか?

それにしても夏祭りは久しぶりにきたな。あの夏以来、ほとんどこういった夏の模様しには参加していない。テニスコートにいることが多かった。

久しぶりに見た夏祭りに気が緩んでしまった。わきみをしながら付いていったため、何かにぶつかった。

(って、追いかけてた本人にぶつかるやつあるか!?)

と自分を非難する。ぶつけられたその人物はたたらを踏みながらなんとか転ばずに、即座にこちらを見てきた。

「あの、痛いんだけど!」

振り向いた彼女の顔を見て、ヨウは落胆と同時にドキッとする二つの感情が同時に起きた。

口調や強気な表情はまさにミチだった。だが、やはりミチ本人ではなかった。ミチはどちらかというと可愛い感じだった(中学だから?)、ただこの人物は目も切れ長でどちらかというと美人な感じだ。

「あの、ごめん。ちょっと気を取られてしまって。」

「気を取られるって何に?」

その人物を追いかけてたなんて言えば「ストーカー!」と呼ばれて警察までくるかもしれない。かといって夏祭りの屋台の匂いに、、、とはカッコ悪くて言えない。

その時、耳に聞こえてくるものがあった。

「あ、これだよ。この音。この音につられてさ」

そう、その音は境内の中心から聞こえてくる。多量の「鈴」の音だった。

「あ、鈴の音ね。それは確かにそうかも。このお祭りは「鈴」がテーマだからね」

「そうだったのか、こんな夏祭りがこのまちであるなんて知らなかったよ。」

「地元の人しか知らないと思うよ。でも鈴のこの音って素敵でしょ」

彼女がいうように、ここまで大量の鈴の音は初めてだったが、それぞれが揺れながら周りに影響を与えて広がっていく音は素晴らしい深みがある気がした。

そこに、一人のおじさんがやってきて二人に渡してきた。急に出てきたおじさんにびっくりしながら、渡されたものをみるとそれは綿飴だった。

「娘が好きだったんだが、もう先に帰ってしまってね、よかったらお二人にこれをあげるよ。」

「ありがとう」「どーも」

多分カップルと思われたのだろう。ただ、すでに多少溶けかかっている綿飴と、おじさんの善意を否定する必要もないなといただいた。

おじさんがいなくなると彼女がいった。

「なんかの縁かもね。もし良かったらこの境内だけ一緒に見て回らない?」

「そんな、知らない人に声かけられてもついてっちゃダメなんだよ?」

と言いながら、ヨウは不思議とこの名前も知らない彼女との居心地の良さを覚えた。

それにしても、なんていうタイミングだろう。

ミチと初めて話をして、初めて一緒に帰って、そしてそれが最後に出逢った日。

それが、まさに8年前の今日だったのだから。

 

「だから、別に変な人間ではない証明じゃないけど、僕はヨウって言うんだ。M大学で研究に追われてて今日はその帰りで。」

「私は仕事の帰り。よろしくねヨウくん。」

そういって彼女は振り向いて笑った。

「私はチエって言うんだ。」

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